Archive for the ‘か行-本’ Category

『コーランを知っていますか?』

2019-02-14
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昔、社会の授業で、キリスト教、ユダヤ教、イスラム教の違いを習いませんでしたか?

いつも、分かったようで、分からなかった。事実なのか、物語なのか。宗教の物語って、権力者の使い勝手のいいように作られているところもあるじゃないですか。。どうも楽しくないんですよね、私には。

でも、この本の著者、阿刀田さんの語りだと、スーって入ってくる。今はまだ2章を読み終わったところなんですけど、ここまで結構楽しくて、私でもここまで一気に読み進められました。

コーランって、イスラム教の預言者、マホメットが神様から受けた言葉をまとめた啓示集。この阿刀田さんの本では、コーランの背景にある人や出来事が、私の身近な感覚でも理解できるように、とても優しいタッチで語ってくれているんです。

阿刀田さんは、この本以外でも「ギリシャ神話を知っていますか」「旧約聖書を知っていますか」「新約聖書を知っていますか」「源氏物語を知っていますか」そして「イソップを知っていますか」と”知っていますかシリーズ”を出されているようです。

私的には、やっぱり、次は源氏かな。皆さんは?

#RNAに恋するOL

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『これは教育学ではない』

2019-01-19
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明治に伝統を自ら棄てて以来、平成に至るまでずっと私たちは私たちを断捨離してきた。

ちなみに明治維新を行なったのは、武士ではなく呉服屋だ。

平成13年はつい最近だろうか、昔だろうか。

あの時、私たちは和紙の大きさと縦書きを棄て、A4の大きさに横書きが公式文書となった。

木材の含水率を法律で下げられ、木が死んだのもついこのまえだ。

なぜ私たちは大切なものを棄ててしまったのだろう。

もうなにが大切だったのかも、おもいだせないなんて。

そんな土台のうえにある教育なのであったなら、そんなものはやらないほうがよろしい。

#リジチョー。

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『「心の冷え」は3点足裏アーチで消える』

2019-01-16
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地に足をつける。

まことによい言の葉なものの、近代人はたとえ土に裸足で立ったとしても、地に足がつかなくなってしまった。

すなわち、地からの情報が断たれながらも、ふわふわと生きていることになる。

アーチが毀れたからだ。

そして、心が凍えた。

ところで、バレエのように足先を伸ばす際、概して足の甲だけが伸び、かかと側が縮まるパタンで終わる。

本来はどちらも伸びて初めてアーチが目醒め、地に足がつく。

地に足がつかぬ者に、地に足をつけている者の世界はわからない。

地を踏みしめたら、足に任されよ。

#リジチョー。

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『極秘手相術』

2019-01-14
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私が觀てきたなかで、最も素晴らしかった手相は、秀吉のように運命線が色濃く中指の半ばまで突き抜けている或る先生のものになる。

それまで秀吉の手相は作り話であろうとうつつとなく考えていたものの、人外の手相というのもあるのだと目を醒まさせていただいた。

とはいえ、一般的に手相は觀る機会が少ないであろう。

そこでわかりやすい部位をひとつご紹介して、このたしかな手相本への架け橋としたい。

それは親指の反りになる。

日常的に親指がそんなに反らない方は組織的に行動でき、反る方は個人主義的と云われている。

ちなみに私の親指はお会いした方なら肯くとおもうけれど、日々スマホが押せないほど反っている。

お察しいただければ、幸甚だ。

#リジチョー。

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『カラダという書物』

2019-01-13
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私の軀はどこまでが軀なのか?

この問いの答えは密接に身体觀とかかわっており、必然的に宇宙觀にもつながっていく。

この肌に覆われた物質だけを軀と視るのは、あまりにも洗脳されている。

本のはじめのほうに魚の身体觀がでているが、己を視れぬ位置についている魚にとって、もしかすると宇宙そのものが軀なのかもしれぬ。

極論、単体なる軀は存在しない。

それが故に、花を愛でれば、我が身もともにはかなしという感覚が全身をかけめぐり、やがてはそれが道徳となっていった。

一億総家畜化時代の我が國においては、やはり江戸の躾教育が見直されるべきである。

躾:身さえ美しければよしとする國字になる。

#リジチョー。

 

 

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